2012年10月10日水曜日

論より証拠 〜 ”最適な観察環境を供給する” という発想 〜

こんばんは。YOKOYAMAです。

はや10月。猛烈な残暑が過ぎ去ると、瞬く間に寒くなってきました。隣の宮古市とを結ぶ峠では、一昨日未明に氷点下を記録したとのこと。新緑云々~と言っていた前回の投稿から大部時間が空いてしまいましたが、その間、ある研究助成に・・必死の申請→晴れて採択→プランニング完了・・と、慌ただしく過ごしていました。今週からようやく腰を据えて取り組もうかといった状況です。


さて以前「3Dデータは考古学における評価の拠り所となり得るか?」という記事を書きました。ここではこのタイトルに掲げた「問い」に対して肯定的な予察をしたわけですが、その後簡単な実験をおこない、一歩先へ進めてみました。この実験は先月末の日本情報考古学会にて公表しましたが、今日はそのブログ用ダイジェスト版、まとめてみます。


以前の記事において、モノを観るには以下3つの要素が必要であることを述べました。

(1)モノのポジション : 三次元座標におけるモノの姿勢
(2)視線のベクトル  : モノと眼を結ぶベクトル
(3)光線のベクトル  : モノと光源と結ぶベクトル

二次元的にモノを観ることとは、これら三要素の関係が固定されている状態であり、三次元的にモノを観ることは三要素の関係が解放された状態である・・と考えました。




今回はこれら2種類の「観る」という行為に対して、それぞれ名前を冠します。すなわち、前者を「静的観察環境」、後者を「動的観察環境」と定義します。そしてこの2つの観察環境下において、人が石器剥離面の切り合い関係を判読したときに、どのような差となって現れるか?を確かめる簡単な実験をおこなってみたわけです。



では、実験の手順を説明します。

(1)被験者Aが実際の石器を観察し石器実測図を作成する

被験者Aは私、YOKOYAMA(石器実測経験 : 推定3万図)です。まずは以下の石器を観察しながら普通に実測図を作成しました。




(2)(1)で作成した実測図を切合い判定図に変換する

切合い判定図には以下のような、稜線に交わる線分と「○」から成る下図のような判定記号を用いました。新しい剥離面側に「○」が付きます。
この石器には剥離面の切合い箇所は、表裏面合計で 271箇所存在しました。




(3)被験者Bが「静的観察環境」で切合い判定図を作成する

つぎに静的観察環境として、以下に示した Sun Azimuth angle 0° , Sun Elevation angle 20° に固定した以下のレリーフ画像を準備します。この画像をもとに被験者B(Nさん=石器実測経験 : 推定1万~2万図)が切合い判定図を作成しました。(1)とは異なる人物であることがポイントです。ちなみにNさんはルヴァロワ技法に関する予備知識を持っていない人です。





(4)被験者Bが「動的観察環境」で切合い判定図を作成する

つぎに動的観察環境として、以下に示したアニメーションを準備しました。これは Sun Elevation angle 20° に固定したまま、Sun Azimuth angle を32方位毎に作成し、それらの画像を連続的に表示した動画です。この動画をもとに被験者Bが切合い判定図を作成しました。



(5)(2)を正解と仮定し、(3)と(4)の正解率を集計する

被験者Aが実物の石器を使って作成した切合い判読図を正解と仮定し、被験者Bがそれぞれ「静的」「動的」二つの環境下で作成した判読図の正解率を調べたわけです。





実験の結果は以下の通りです。
この2つのグラフをみると、静的観察環境と動的観察環境による結果には、以下2つの大きな違いを読み取ることができます。



(1)静的観察環境の不明率が22%に対して動的観察環境1%未満

この不明率の違いは事前の予測どおりでした。
実際の石器をもとに実測図を作成する場合、ライトの直下で石器を頻繁に動かし、図中a部とb部を交互に反射させると、剥離面間の切合いが判読しやすくなります。
これは光源をある一方向から当てて得られた見解と、別方向から当てて得られた見解とが矛盾の無いことを確認する・・つまり観察者は動く石器を観る中で「予測」と「確認」を交互に繰り返し、はじめてひとつの「切合い関係」に対する判断を下しているということになります。
しかし光源が固定された静的観察環境では「予測」こそできるが、その「確認」ができない・・それが観察者の判断を躊躇させ、結果「不明」の出現頻度が高くなると考えます。


(2)静的観察環境の正解率が70%に対して動的観察環境89%

一方、動的観察環境の正答率は予想以上に高い結果となりました。
事前の予想では、被験者A、Bという異なる人格が、たとえ同じように石器実物を手にした観察環境下で実験したとしても、人間の解釈ですから1割程度の誤差はあるだろう・・と見込んでいたのですが、動的観察環境下での結果は、ほぼそれに肉薄する値となりました。この結果から、実物観察、動的CG観察という環境の違いが正解率へ及ぼす影響は、ほぼ無いに等しいのではないか?と考えています。



さて、このデータにもさまざまな読み取り方はあると思いますが、確実に言えることは、「静的」「動的」の判読結果に現れた「違い」は、三次元データの解析方法とそのアウトプットの試行錯誤が考古学にとって如何に重要かを示しているということです。

考古学資料は多種多様であり、対象によってそれぞれ着目するポイントが異なります。今回は打製石器を対象に実験をおこないましたが、さまざまな資料において、それぞれの特性に応じたアウトプットを準備することは、これから重要な意味をもつと考えています。

そして「最適な観察環境」を提供するための viewer 設計 、さらにコアとなる3Dデータを保存、共有する仕組みの構築・・これらの課題をクリアした先には・・・

The proof of the pudding is in the eating.

プリンの味の説明を聴くのではなく、誰もがスッと差し出されたプリンを味わうことができる・・・「論より証拠」の考古学アーカイブズが見えてくるはずだ、と思っています。

それでは。

※この実験には、M.Nakano氏、H.Kitada氏、千葉史氏に協力頂きました。ありがとうございました。

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