2011年5月17日火曜日

3Dデータは考古学における「評価の拠り所」となり得るか?

こんばんは。YOKOYAMAです。

この一週間で、家の庭がみるみるうちに緑色になってきました。岩手の五月は冬から一変、夏の様相へと一息に駆け上がります。この変化のスピード感・・・私がこの季節を最も好む理由です。



さて、過去記事(「生データを共有すること」とはどういうことか?)で、考古学的「記録」に関する私の考えをまとめました。それをさらに一行で要約すれば「モノに対する誰かの”評価”ではなく、その”評価の拠り所”となる3次元データを記録するのがベストだ」となります。

しかし、その主張は「本当に3次元データがアーカイブズユーザーの”評価の拠り所”となり得るか?」という新たな「問い」を生み、結局それが私を含む3次元化の実践者達にそのまま跳ね返ってくるわけです。

今日はこの問題について、石器を例に検証してみたいと思います。


石器アーカイブズユーザーを定義する

さて、3次元データの取得において「高精細なデータであること」と「軽く取り回しの良いデータであること」とは常に相反関係にありますから、データは必ずしも精緻であればあるほど良いということではありません。したがって予めユーザーが何を求めているかを想定し、ターゲットを明確に定義する作業が必要となります。



上図は、Yを”求める精度”、Xを”ユーザー数”としたグラフです(単なるイメージです)。石器のアーカイブズユーザーの層を、私なりにザックリ整理するとこのようになります。

A)概形を知りたい
この層は、CGを閲覧するのに最適な精度があれば十分という層です。ほぼ世界中のヒトがこれに相当します。もちろん一般の考古ファン層もこれに含まれます。

B)剥離面の構成を知りたい
この層は、欧米式の記録図を起こせるくらいの精度を求める層です。海外の考古学研究者がこれに相当します。

C)剥離面の「切合い」を知りたい
この層は、日本式の記録図を起こせるくらいの精度を求める層です。国内の考古学研究者がこれに相当します。

D) 使用痕を観察したい
この層は、顕微鏡レベルの精度求める層です。特殊な観点をもつ研究者がこれに相当します。

グローバルな視点に立つと、B層までをカバーできれば社会のニーズに応えたと言えると思います。しかし折角ですから、今回はハードルを上げてC層までをターゲットと定義してみようと思います。
すると、冒頭の命題「3次元データは”評価の拠り所”となり得るか?」は、「3次元データから剥離面の”切合い”を判読することが可能か?」という命題に置き換わるわけです。

※この「アーカイブズユーザーの定義」については、考えるほどに奥が深いテーマですので、別途改めて思考してみようと思います。


検証 〜観察する(させる)ということ〜

それでは次に、モノを観るということを整理します。




1)モノのポジション :石器のワールド座標系(world coordinate system)における位置です。

2)視線のベクトル : 眼と対象物を結ぶベクトルです。これと直行する面が投影面となります。

3)光線のベクトル : 光源と対象物を結ぶベクトルです。

上記の「三要素」の関係を決定することによって2次元画像が生成出来ます。つまり通常の写真や、以前紹介したレリーフ画像などの静止画は、この三要素が固定されている状態だということになります。

sun azimuth angle 0° / sun elevation angle 10°

この状態で、石槍の剥離面の構成は概ね把握できるものの、周縁の細かい剥離面を含めた「切合い」を判読可能か?と聞かれると厳しいものがあります。


それでは、次に「三要素」の固定された関係を解放します。
下図は「モノのポジション」と「視線のベクトル」を固定したまま、「光線のベクトル」を変化させたムービーです。 これはsun elevation angle 10°に固定し、sun azimuth angle 5°づつを変化させたものです。

 sun elevation angle 10°   クリックで再生

このように、細かい剥離面まで含めて「切合い」の判読が可能になることがわかるかと思います。全く同じスペックで作成した画像ですが、静止画と動画とでは読み手側が受け取る情報に格段の差が生じているのです。


では、なぜ動画にすることによって切り合いが判読できるのでしょうか?

実物を手に剥離面の切り合いを判読する時、ライトの下で石器を動かし、図中a部とb部を交互に光を反射させることで、剥離面同士の切り合いを相対的に判読します。



これは観察者が反射光の「動き」から、

1)図中aとbでどちらが深く沈み込んでいるか?
2)図中a,b範囲内のリングと稜線の交わり方
3)図中a,b範囲内のフィッシャーの状態
4)図中c部分の立体的な交差状態

など、形から得られる情報だけでなく、それ以外の多くの情報を瞬時にとりこみ、脳内で総合判断しているのだと考えます。すなわち多くの「判断材料」をまとめて脳に入力するには静止画よりも動画の方が適していると考えられるのです。

実はこの研究を始めてからしばらくの間、何故3次元データによる解析から剥離面の切合いを読み取ることが出来ないのか、深く考え込んでいました。
 岩手大学との共同研究のなかで、3次元計測器の分解能を極端に上げて2つの剥離面を跨ぐプロファイル(図中p)を作成したり、稜線両側(図中a,b)でどちらが深く抉れているかを自動判定するプログラムを書いてもらったりと、いろいろ試して見ましたが、目覚ましい結果は得られませんでした。

今になって思えば、その理由は「aとbでは新しい方の剥離面の縁が一貫して沈みこんでいて、それが3次元的に定量化できるはずだ」という私の独り善がりな「思い込み」があったからだと思っています。しかしこれを上記のような「脳の総合判断」と考えれば、プロファイルなどの「単視点的」な解析からはいくら頑張っても剥離面の切合いを判定できなかった、という結果にも素直に肯けるわけです。


以上、私の推測を書きましたが、実は本当の理由はわかりません。これは脳科学者の茂木先生的ジャンルなのか?何方か詳しい方おりましたら是非ご教示頂きたいと思います。

しかしいずれにせよ、この検証によって従来の日本式「実測図作成」の観察環境をコンピュータグラフィックスで再現できたと言えると思います。重要なことは、「三要素」の固定された関係を解放することにより観察者に与える情報量が飛躍的に増加することなのです。
このように後追いの解析に適応できる柔軟性こそが、3次元データの最大の意義と考えます。


まとめ

さて、これらの結果を踏まえて冒頭の「3次元データは”評価”の拠り所となり得るか?」という問いに戻ると、それに対する私の回答は「Yes」となります。
ただしひとつだけ「遺物の特性に応じた入力装置を選択すること」が条件となります。しかしこれは2011年現在、もはや難しいことではないのです。

世界中の人がそれぞれのデバイスで、まるで自分の手元にあるかのように考古資料を閲覧、観察できる、そんな時代がくるといいですね・・それを実現するために今日何をやるかを考えたいと思います。

それでは。

この記事中の石槍の処理画像およびアニメーション作成は千葉史氏にお願いしました。感謝です。

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